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等々力の飯田十基の庭園を見る-2

2018.07.18

■茶屋のまわりは日本の美が満載
茶屋は住宅の茶室付き離れを活用しており、石段を登っていくと、建物の妻側が少しずつ見えて来る。石段は左右にあり、左側が幅広く自然とそちら側から滝を左に見ながらの廻遊となる。頂上部に到達すると茶室の深いひさしが出迎えてくれる。目を下に落とせば、建物と平行する敷石が長くすっきり敷かれ、格調の高さを示している。

丁度そこに作庭家の榊原八朗氏が休んでいるのを発見。20年近く会っていないのに何故こんな偶然が…氏はこの庭園の一番の見所で悠々と借景を眺めていたのである。
飯田十基から学んだ弟子は多く、そのひとり小形研三氏の弟子で昭和記念公園の日本庭園を作庭した榊原八朗氏も作庭家として有名、その人とこんな由緒ある場所で出会うなんて、日本庭園好きにとって冥利に尽きるというものだ。

この茶屋からの眺めが庭園随一の売りとなっている。東側に低い土塀で水平ラインを築き等々力緑地の色濃いみどりを借景として景観を整えている。建物と土塀の間の小さな庭園が背後のみどりをより強調している。しかし庭園の低木が不用意に伸びており効果を薄めているのが残念。西部の芝生広場からの入口も左右に低い土塀を設け、これから緻密な空間に導くのだという意志を飛石と共に表現している。茶屋の南側スペースも小さいが、斜面地側を優しく低木で覆い、茶屋のエリアを示し落ち着いた風情を出している。又、敷石や飛石をシンボリックにくっきりと見せる設えは飯田の名人芸と言って良い。

茶屋から見える植栽について述べたい。茶屋の周辺はイロハモミジづくしで、左右に各3本ずつの枝葉が空を優しく覆っており、紅葉時の美しさが想像できる。そのイロハモミジの奧にアカマツが数本あり、見事に赤い幹を見せて庭園のランドマークとなっている。茶屋の前は近景のイロハモミジ、庭園中央部に中景のアカマツ、その背後の遠景は等々力渓谷のみどりが受け持ち、樹木の自然な流れが谷筋から心地良い風を運んでくれるようだ。

また東側の庭園には立派なザクロが何故か燈籠を隠すように植えられているが、これはザクロが立派になりすぎた為なのか?そして西側、屋敷跡の芝生広場と庭園が接する所にウメが5本程植えられ彩りを添えている。

この庭園の真骨頂は最小の空間に「人と自然の繋がり」を最大に感じさせる空間づくりをした事ではないか。飯田十基は雑木の庭の創始者であり茶人であったと記されているが、もう少し深掘りすると私達の永遠のテーマである「人と自然」について、庭園を素材として雄弁に物語っていると思った。等々力の森に対峙して小さな庭園を低い土塀で区切り自然を強調した点。自然の山路を登り、到着した茶屋にある毅然とした延段の人工性。龍が躍動するような荒々しい滝の造形を訪問者に投げかける大胆さ。遠・中・近景のグラデーション的な植栽を何気なく作り出し、解りますかと問いかける技。遊び心と自然に対するリスペクトが注意深く配慮され、表現している。この庭園について造園人はもっと学ぶべきであろう。

■エピローグ
飯田十基の作庭術を堪能したが、彼が始めた雑木の庭には管理の重要さ、落とし穴が潜んでいる。雑木は15~20年で更新し、その材は燃料となり里山の循環には欠かせないものである。しかし等々力の日本庭園の様に40年以上の歳月が経つと雑木が大きくなりすぎて当初の庭園デザインを阻害するようになる。かといって茶屋前の大木になったイロハモミジを切り倒す勇気はない。

全体的に見れば低木の管理が甘く、庭園の骨格が見えなくなる状況は様々な庭園でも見られるし、土壌の流出で地面も傾いてくる。様々な課題を対処しなければならないが、少なくとも昭和の巨匠飯田十基の庭園という意識を持って管理を慎重に進めるべきだろう。しかし残念な事にこの庭園には資料がなく平面図もないようだし、修復した過程もわからない。この庭園で一番重要な施設である滝は、本来頂部から入口門まで流れていたのではないかと推察するが、この流れがないと庭園の物語は完結しない。私達造園人がもっと過去の作品をリスペクトして、関係者の方々からそれらについて早くお話しを聞きたいと願っている。

戸田 芳樹

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