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群馬 楽山園を観る

2018.07.13

7月7日(土)薄曇りの朝早く、新宿よりバスを仕立てて群馬県甘楽郡の国指定名勝の楽山園へ。私にとっては3度目の訪問である。ランドスケープアーキテクト連盟庭園部会関東では年2回程、庭園見学を行っており、設計者、作庭者等幅の広い人脈の参加でいつも大変盛り上がる行事だ。

スムースに楽山園に到着。駐車場から園までのアプローチに面白い石積が見られ興味津々。瓦屋根の塀の前面に自然石積があり、松をリズミカルに植栽し、アプローチの楽しさを演出している。石積は河原の石を使用して天端の大石はおさえる役目、下部の石は自在に積まれている。住居の入り口は高い石積が直角に曲がり込み、独特な風情を醸し出しており城下町を歩いている気分を高めてくれる。

楽山園は江戸時代初期、織田氏によって作られた小幡藩の廻遊式庭園である。北側にある庭門から入ると庭園がパノラマ的に展開。広がりのある池に芝生のアンジュレーションが美しい。拝石に立つと中島を通して滝が望まれその奧に連石山、熊倉山が借景として重なって見え、庭園の重要な軸組が示されている。

右手には丘の上に「腰掛茶屋」が、その上に「梅の茶屋」を設けられ、建物から優れた眺望が楽しめる。「腰掛茶屋」は珍しい五角形の四阿であるが、何故なのか?話しをすれども誰も解らず、今後の謎解きが楽しみである。「梅の茶屋」では気持ちの良い風が吹き上げ、眺めの美しさと共に庭園の醍醐味が感じられる。茶屋から見下ろした護岸石組には遠い昔に作られた勢いが感じられ、一方北西に向かう流れは室町時代に見られる曲水の雰囲気を醸し出していた。

中島には水面に滑り落ちるような意匠の石や枯滝に向かう船石、牛に見せた石等バラエティに富んだ石組が展開する。「楽山園由来記」によれば庭園内の石を「いろは48石」と語って色々な名前を冠している。現地でそれらを発見する楽しみや、又は命名して自分の世界を作るのも一興である。
庭園の最南部の滝口まで進み、振り返ると水面の先に塀が見えるが、当時の建物があれば、どれだけ美しかったかと思いながら廻遊した。

丁度その時団体さんが庭園に入り急に賑やかに、多勢の人達が滝口近くをぞろぞろ歩くと景色が台無しになってしまう。やはり日本庭園はスケールの調整による虚構を演出する芸術だとつくづく思い知らされた。

次に300m程離れた小幡藩松浦氏屋敷に向かう。修復した建築からの庭園の眺めはバランスが良く、左側から落ちる滝の水音がとても心地良く響き、落ち着いた雰囲気であった。この屋敷群には山から流れる用水が各戸に繋がって流れ、まちの辻には水の分岐点が見られた。麓の町の生活と水との関わりがストレートに伝わり、日本の原点を見るようであった。

最後に立ち寄った小幡八幡宮の狛犬が超可愛かったので写真にしたが、「狛くじ」はとても厳しい「末吉」、人間油断してはいけなかった・・・・・・。

戸田 芳樹

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