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殿ヶ谷戸庭園を見る-2

2018.02.20

庭園を右廻りに廻遊すると、紅葉亭が見えて来る。紅葉亭は有料の茶室と広いテラス状の土間からなり、いろりも切っている。建物の奧側ベンチからは水面は見えず、立ち上がり前方に進むと全景が見える。ここから見る池泉の周辺にはモミジが植栽され、上方からの景観はダイナミックで秋の紅葉シーズンはすごい人出になるであろう。まさに谷戸を利用した大景観と言える。紅葉亭の正面には豪華な階段を設け、大振りな亭が一層際立つ。また、横にはバランスのよい袖木型燈籠と鹿威しがあり、小さな滝と流れは丁寧に作られている。

斜路に従って池泉まで下り、振り返えると豪快な滝石組が目に飛び込む。大振りな石も扱った急斜面の石組は職人技の力強い表現だ。左方向の斜面は一転して柔らかいアンジュレ-ションにクマザサが植えられており、その対比を楽しむ事が出来る。

池を渡り進んで行くと、良く整備された孟宗竹の林と出会い、緩やかな園路の脇にはシャガなどが見られる。さらに進むと登りになり、ウメ、ロウバイ、サンシュユなど早春の花木と出会える。庭園の南端の藤棚、萩のトンネルは季節に応じて楽しませてくれる施設である。殿ヶ谷戸庭園は山野草の宝庫で秋の七草など四季を通じて花巡りの出来る名所でもある。

ここ南端から見返りは順光で素晴らしい景観が展開する。この地点からも空間を分節した樹木群が効果的に見え、富士山軸の石組もかすかに見える。また芝生広場の所々に多行松が絵画的な植栽バランスで植栽されており、楽しく観賞させていただいた。

殿ヶ谷戸庭園は自然の谷戸地形に合わせて「丘と谷」によるメリハリのある空間を作った。丘は広々とした空間とアンジュレ-ションの巧みさで、谷は柔らかいクマザサの斜面とダイナミックな滝石組で表現、四季の演出も含めて飽きの来ない名手の作りと言える。少々残念なのは高木が大きくなりすぎ、作庭初期の瀟洒な雰囲気を失っている事ぐらいで、手入れのレベルも申し分ない状況である。また行ってみたくなる程、見所の多い庭園であった。

■滄浪泉園
大正元年(1912)衆議院議員:波多野五郎が別荘として作り、犬養毅元首相により「滄浪泉園」と命名された。美しく堂々とした門が出迎え、そこから石畳を下って休憩広場へ。みどりに囲まれた主屋の跡に立つと、東京にいる事を忘れるほど空気の流れを感じる。しかし園路をさらに下ると、直下に湧水により出来た、かなり大きい池が見えてきて驚く。池は一周できるがほとんど人の手を感じない自然に包まれ、自然の持つ強さが少々恐い程感じられる。入口の人工的な門構えとの落差の大きさがこの庭園の特色と言える。

■三楽の森
大正13年(1924)に日本電気の創業に参画した前田武四郎が作った別荘跡地である。地域の集会所を建物跡に建て、その先は広くなだらかな芝生地とした親しみやすい空間である。ここでは野バラや藤棚の他、昆虫の隠れ家などを設け、滄浪泉園とは違う楽しみを提供している。

■はけの森美術館
洋画家、中村研一のアトリエ跡で、美術館の裏手に旧邸がカフェとして残り、その周囲が小さいながらも武蔵野の風情を残す空間となっている。湧水から引き込んだ水を石桝からあふれさせた小さな池が庭園のポイントで、斜面地の竹林と雑木林のバランスも良く、ゆったりとした空気が流れている。この近くに寄寓した大岡昇平が「はけ」を舞台にした「武蔵野夫人」を書いた有名な場所でもある。

■エピローグ
今回、国分寺崖線の偉大さを体験する事が出来た。建築等と違い地形の持つ時間軸は桁違いの長さである。造成をせずに時代の必要性に応じて庭園や公園・みどりとして利用すれば、私達の大きな財産になるであろう。自然の保全だけでなく市民の健康や教育、コミュニケーションの場として行政に任せるだけでなく、自分達も出来るところから活用し、その価値を社会に認識させるべきだと考えながら帰途についた。

戸田 芳樹

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