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殿ヶ谷戸庭園を見る-1

2018.02.20

■プロローグ
東京西部の豊かな自然を演出している国分寺崖線に沿って点在する庭園や緑地を訪ねた。
明治末期から昭和初期にかけて、武蔵野には数多くの別荘が構えられたが、その多くは緑の崖に面した台地にあった。郊外に別荘地を構えたのは都民の健康志向の発露であり、鉄道整備による利便性の向上によるものであろう。別荘は当然眺望が良く、自然豊かな立地が好まれる。国分寺崖線はこれらの要件を満たした上に、豊富な湧水に恵まれており、庭園にとっては絶好の条件であった。今回は、国分寺から武蔵小金井のあたりの「はけ」と呼ばれる崖線地区をたどりながら庭園を観賞してきた。

■殿ヶ谷戸庭園(随冝園)
殿ヶ谷戸庭園は大正2年(1913)から昭和4年(1929)にかけて、三菱財閥の社員:江口定條(後に貴族院議員)により作庭されたものである。後に岩崎彦彌太に買い取られてさらに整備され、昭和37年(1962)に殿ヶ谷戸庭園として都市計画決定された。しかし、その地に開発計画が持ち上がり、保存活動の結果、東京都が岩崎家より土地を買い取り、昭和51年(1976)に「殿ヶ谷戸庭園」として開園した。まさに都民が勝ち取った庭園である。

さて庭園を見ていきたい。庭園は国分寺崖線の谷戸をひとつ使い、台地の平坦地と斜面、湧水を利用した池泉で構成されている。にぎやかな駅前から少し進んだ入口のアプローチは整然としており、中に入るほどに静寂な空気が辺りを包み込む。特にゲートも無い平坦部の庭園に入ると、広々とした芝生広場が目前に展開。まわりを高木に囲まれながらも台地上にある事が、今時高層棟が何処にも見えないからか、直ぐに感じられる。

園路に従うと2つに分かれ、左カーブの美しいシークエンスが本館に導くが、あまりに庭園が美しいので途中で止まり観賞する。この美しさの理由はアンジュレ-ションの巧みさと、長軸方向の広場の深い広がりで、さらに樹木による空間の分節が効果的である。アンジュレ-ションは写真では分からないほど微妙だが、芝生と苔を使い分けて陰影を表現し、排水の水みちも見事だ。遠く背後のアンジュレ-ションはクマザサを用い、ボリューム感と色彩、テクスチャーの変化を表現している。このデザインは日本庭園のスケールを超え、ランドスケープデザインの最も基本の型を示しており、私達必見の空間と言える。

また、芝生空間を分節する樹木は中央2本が落葉のモミジ、左右に常緑のアカマツが2本ずつ植栽され、冬には中央ラインの見通しを確保した優れもの。外側は左右の樹林で景観を整えているが、地形の関係で先端に従って狭くなり、パースペクティブな効果が奥行きをより深く見せる。

とても上手く構成していると感心しながら歩いていると、妙な三角の石を発見。これは何かあるなとよくよく見れば、前後の石が軸をなしている。おまけに石が柔らかい富士山の形をしているので、富士に向う軸ではと推測。管理者と話すと、本館から同じ角度で富士山が見えるとの事。これは作庭者:仙石荘太郞氏(八芳園も作庭)が遊び心で作ったのであろうか、楽しい発見である。本館の玄関前の階段や敷石も中々面白く、モダンなデザイン構成で見応えがある。部屋は資料館として使われているが、窓越しに見る庭園も美しい

戸田 芳樹

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