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哲学堂公園を見る-1

2017.09.30

■プロローグ
中野区にある哲学堂公園を灼熱の7月に見学してきた。日本広しといえども、哲学を冠にかざした「公園」を私は他に知らない。果たして哲学が空間化されるとどの様になるのやら興味津々で出掛けた。

この哲学堂公園は、東洋大学の創立者:井上円了が1904年(明治37年)に自らの考えを具現化した空間である。円了は公園を「教育的、倫理的、哲学的精神修養」として構想し、そこに祭った聖賢に接する事で人々に精神修養を促す事を目的とした。その最初の建物「四聖堂」に祀られた人がすごい。孔子、釈迦、ソクラテス、カント、正に賢人サミットの如く一同に会している。
この凄すぎる発想の公園を今回は恐る恐る見ていく事にした。

■哲学堂公園の門をたたく
公園は左手に低層住宅を見ながら、イチョウ並木が続く意外にヒューマンなアプローチで迎えられた。右手には大小の野球場があり、子供達の歓声がこだまし、まさに精神の世界に対峙するフィジカルな世界がそこにあった。並木の正面には巨大なクロマツが公園の歴史と内容を示唆するようにそびえ立っているのが印象的だ。クロマツはこの時代の植栽計画の主流であり、公園の重要な建物の周りには必ず用いられていた。

まず入口「哲学関」「真理界」から入る。この対になった石柱から先の境内は「哲学の真理を味わい、且つ人生の妙趣を楽しむ」空間であり、その結界となっている。

入ると直ぐ左手に屋根付きの正門「哲理門」が構えている。世界には「理外の理」という不思議があり、物質の世界は天狗を、精神の世界は幽霊で表し、門の両側に彫刻されている。

■広場の主要な建物
門を通るといきなり中心の広場に入る。広場の周囲には「六賢台」「四聖堂」「宇宙観」と哲学堂公園の主要な建物が広場を囲うように建っている。しかし建物は点在しているだけで、門からの方向性も建物間隔の関連も無く、ただ建っているだけ。これだけランドスケープデザインを感じない空間も珍しく、逆に作者の意図があるのかと思うが、風景からは何も浮かんでこない。

「六賢台」は見た事も無い奇妙な三層六角形の建物で、全面赤く塗られ、聖徳太子、荘子、龍樹等6人の東洋の賢人を祀っている。この公園で一番のランドマーク的建物で、常夜灯の様な赤いシルエットは緑濃き公園に妙に似合っており、夢に出てきそうで恐い。真中にある「四聖堂」は四方が正面で各々孔子、釈迦、ソクラテス、カントと哲学的理想空間を内包しているそうだ。建物は普通の方形屋根の日本建築で、そこに聖人を閉じ込めている。聖人達の組み合わせを深読みすれば楽しい物語も生まれそうだが、ランドスケープデザインは何も工夫がなく肩すかし。

「四聖堂」の左手にある「宇宙館」は宇宙の真理を探究する哲学の講義室だが、この建物の形が凄まじい。方形の建物の角に玄関棟を無理矢理ねじ込んでいる。まさに理論と理論の格闘を建築の形体で表現していると思う私が考え過ぎなのだろうか。

今まで述べた建築の計画は全て素人が発想し、そのまま建築技術者が作業をしたのではないかと思う程、建築の常識を超えた不思議な形と納まりであった。その上、広場や外構の調和とは掛け離れた空間となっており、それを強引に実行した人の力技も凄いと思うしかない。

■小高い丘に向かう
左手にある小高い丘を階段で登り面白い形をした四阿を発見した。三箇所から上る階段は三角形の四阿の柱に向かって進む不思議なアプローチ。この四阿は「三学亭」と称し、神道の平田篤胤、儒教の林羅山、仏教の釈凝然の三人を三角形に祀った建物だそうだが不思議な空間だ。

狭い空間で奇妙な建物に次々と遭遇する楽しみが、確かにこの公園の特色である。この広場に面する建物には賢人を3人、4人、6人と祀っており、この数字と哲学との関係など考えていると暑さと情報量の多さで私はフラフラに。少し先に涼しそうな斜面地が見えるのでそちらに向かう事にした。

戸田 芳樹

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