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一茶双樹園を訪ねて-1

2017.08.16

千葉県流山市にある一茶双樹記念館を久し振りに訪れた。
江戸時代の俳人小林一茶が寄寓した秋元家はみりん醸造で名を馳せ、当主秋元三左衛門は俳人として活躍し、双樹と称していた。流山市は秋元家の協力の下、屋敷を文化財保存整備事業として1995年に開館した。建築の保存整備は著名な大工、今は亡き田中文男氏があたり、我々は(株)タム地域環境研究所の秋山寛氏と庭園整備を担当した。

現在の建物・庭園は共に一茶の当時作られたものではなく、秋元家の家業が最も盛んであった昭和10年代に、安政時代に建築した「新座敷」と呼ぶ建物を現在地に曳屋したものである。主庭の原型は残されていたので、それを保全しつつ6箇所のゾーンに分けて庭園の計画を進めた。前庭ゾーンは商家としての玄関のしつらえを、中庭は書院と句碑庭へのアプローチ空間として、主庭は書院からの眺めを受け止める幅の広い美しい庭園として再現計画をたてた。

前庭は狭い空間であるが、左右にモミジとサルスベリを配し、商家の格式と季節感を表現している。中庭は書院の側面を柔らかく見せる為、曲線の光悦寺垣を手前に設け、さらに書院玄関への誘導も図った。舗装は元々使用されていた御影の板石を敷き、通路幅を確保するため「あられこぼし」を追加している。片側の御影石の直線に対し、反対側は曲線としたアプローチ園路は柔らかさと、ある種の緊張感を同時に感じさせてくれる優れた空間となっている。奥行き感を出すデザインは曲線のシークエンスが効果的で、そして左右からの樹木の天蓋を作る事でヒューマンスケールを感じる空間が仕上がった。

主庭は書院の3箇所から打たれた豪快な飛石が前面に展開し、その後方には右から左に枯流れが設置され、背後は樹木と板塀で視線を止めて囲われた庭園としている。居室は3箇所あり、全て庭園に面した所は障子で視線を開放しており、「奥の間」が客間、「中の間」「お茶間」が作られている。当然「奥の間」からの庭園観賞が一番優れており、正面に赤松、左手に大型の燈籠、手前に手水鉢、井筒と庭園の主役が眺められる。客人に対するおもてなしの気持ちが庭園の空間構成に良く表現された好例である。「中の間」からの眺めも美しいが滝口が手前の低木に隠されて見えないのが残念。飛石は豪快に打たれているが「奥の間」の前では十文字に。「中の間」の前では少々窮屈に打っており、現在の作庭家から指摘されそうである。しかし全庭一杯に打たれた意匠は廊下のどこから見てもインパクトのある風景で、むしろ定型を外した飛石の打ち方で知られる桂離宮の趣さへ感じられるのがおもしろい。

戸田 芳樹

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