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駒沢公園を見る-2

2017.07.13

■隙間にあるのは公園施設
ループの単純な動的空間に対し、スポーツ施設の間にある空間は子供の遊び空間、青少年のスポーツ空間、休息・修景空間等色とりどりである。言い方は良くないが、大きなスポーツ施設の隙間に公園施設をはめ込んだ様に見える。このスタイルは運動公園でよく見られる土地利用で公園施設が二次的なものに感じてしまう。しかしこの公園の施設群は存在を主張しているのはなぜであろうか。私は幾何学的な曲線のループ状園路のなせる技ではないかと考えた。しっかりとした骨格の園路にブランチする施設が多様で少し乱れた空間であってもヒエラルキーがはっきりしているので、大きな混乱が見えなくなるのだと推察した。

■まさに中心にある中央広場
中央広場は名前のようにこの公園の中心に位置し、東に陸上競技場、西に体育館を従えシンボル広場として君臨している。広場の東西幅に対して2倍の奥行きを持つ南北幅はより深みのある空間を作り、さらにタワーでシンボル性を演出している。都道の階段から広場へアプローチすると下の広場で見えていたタワーが階段を上るにつれて一旦消え、さらに上るとまた見え始め、広場で全貌出来るシークエンスは憎い演出である。その上タワーがセンターから左寄りに配置されシンメトリーの単調さに変化をつけている点も日本の空間らしい。

舗装は都電の敷石を再利用しており、エイジングされた石質が暖かみのある良い効果を上げている。舗装パターンは大柄で大胆なデザインの繰り返しを広場全体に展開しており、今では滅多にお目にかかれない力強い表現である。半世紀前の日本はこの様な力強さで国全体の事業を進めていたのであろう。

■この時代には公園に職人技があった
最後に東側からのアプローチについて語らねばならない。東部の駐車場とループ園路には4~5m程の高低差があり、そこを階段で結んでいるが、ここが凄い。大ぶりな根府川石を使ってどっしりとした階段を左右に振りながら設け、その上部に大刈り込みを用いトンネル状にしている。明・暗・明の日本庭園特有の手法をここでは使い空間を作り上げた。

この大刈り込みは周回ループ園路にかけて連続し、修学院離宮庭園の上茶屋以来見られなかったダイナミックな造形を展開している。まさにオリンピック施設の心意気を表現したのであろう。ただ者ではない階段の造形美は成城の猪股邸庭園を手掛けた蛭田貫二の施工と聞き納得した。
この時代は公共工事においても、職人の技術を表現できる場が作れたのであろう。行政も業者も太い神経で、その時代の最高のものを作ろうとしたのに違いない。この空間はいつまでも残してもらいたい宝物である。

■エピローグ
前々回、新宿中央公園を見て公園のシステムが感じられなく、歩いていてとても不安だったと書いたが、駒沢公園にはそれがない。この時代の造園家は、計画意図を明確にしたり、プログラムを組んだり、システムを構築することを避けたのであろうか。駒沢公園は都市計画家、アーバンデザイナー、建築家、交通工学のプロが参加したが、そこで侃侃諤諤の議論をしたに違いない。そして明確な軸とループが出現し計画に参加したスタッフの共通認識が出来、デザインを進めたのだと思う。

前回の世田谷美術館でもランドスケープデザインを建築家が主導したのは明らかだった。では現在の私達ランドスケープアーキテクトの立ち位置はどうであろう。少なくともこの時代とは全く違う状況であると言いたい。しかし計画の中心の一人として主体性を持って進められるランドスケープアーキテクトは何人いるのであろうか。ともかく日本にランドスケープアーキテクトを多く育て、次に繋げなければならない。今その時である。

戸田 芳樹

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