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土門拳 記念館を見る-1

2015.02.09

■プロローグ

秋の始まりに念願の土門拳記念館を訪れた。土門拳は1909年(明治42年)に酒田で生まれ1990年(平成2年)に亡くなった昭和を代表する写真家である。

建築設計は、岡崎美術館、葛西臨海水族園等、徹底した自己の美意識に基づくデザインで知られる谷口吉生が担当し、1983年(昭和58年)にオープンした。そしてランドスケープデザインとオブジェは勅使河原宏(1927~1979年)中庭の彫刻はイサムノグチ(1904~1988年)と、大変豪華な顔ぶれが参加したが、みんな土門とは何らかの関連を持つ人達であった。

■記念館をまわりから見る

記念館は酒田の中心地より南に4km程の飯森山公園にあり、緑に包まれた穏やかなロケーションにあった。写真で見ていた印象は自然が厳しく、それに対応する建物も強固な雰囲気を醸し出しているものだった。しかし現地に立ち池越しに建物を見ると、背面の山とのバランスが良く、どこかで出会った風景に思えてしまった。

そうだ、ここは毛越寺庭園の雰囲気と似ているのではないか… 池に接した建物は角張って横に広がっているものの、2つのたおやかな山並みが建物を包み込み、自然の包容力の偉大さが感じられる。時代が変わり、機能も用途も大きく違う2つの事例が似通っている点に、この場所を選んだ日本人の共通の美意識を感じることができた。

■建築のシークエンスと中庭

建物に入ってみよう。壁面に囲まれた長めのアプローチは床、壁、共に同じ仕上げの石材を使っている。歩き進むと、まわりから包まれている様な感覚にとらわれ、僅かに上る床面は次の空間への期待感を高めてくれる。

突き当たると有名な中庭が展開する。正面から見下ろす中庭は大面の石階段による流れと池の水面をベースに、イサムノグチの立石(男石)の彫刻で構成された空間である。モノトーンのアプローチ空間と比較して、この中庭は様々な要素が混在する。上方に抜けた空間、背後の樹林、水面とそれを囲む壁面、褐色の流れの割れ肌。そして垂直性を強調した立石が流れに劇的に配されている。

建築の高さ、巾、奥行きのバランスは申し分なく、平滑な壁面と荒々しい床面のテクスチャーは空間を動的にし、水流のわずかな勾配と落口の高さは見とれてしまう程美しい。

しかし何かバランスが変である。池の水面と流れとの接点に問題がありそうだ。流れの水は循環しているので当然池と分離しなければならない。その仕切りの壁が落水点のすぐ近い位置にあり、水面よりかなり高いので狭苦しく感じる。また池に接する最終の落水も、他の落水部に比較して高く、バランスを崩している。

建築家は外構デザインにおいて、滝を受ける下部の水面を狭くする手法をよく使っているが、この様な広くてのびやかな空間では上手くない。もっと広い水面にすべきであろう。仕切りの壁も池の水位変化との関係で高くしたと思えるが、人工と自然のせめぎ合いの接点が、ランドスケープデザインでは一番の難所であり、もう少し神経を使うべきだった。

戸田芳樹

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