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朝倉彫塑館を探る-2

2014.03.07

  ■中庭に秘められた意図を探る

朝倉は庭を1枚のカンバスと見立ててこの中庭を作ったのではないか。それも山水画の様に余白のある画像ではなく西洋油絵の描く隅々までこってり描くあのやり方で。居室や廊下から眺める鑑賞者は中庭が自分の方にはみ出してきて、あたかも庭に居る様な気持ちになってしまう。

中庭のコンセプト「五典の水庭」の解釈だが、5石のうち2石の存在感が他より圧倒的に強く、残り3石はそれ程でもなく、その上役石の2石が縁側の台石となっており、役石らしくない。

2石のうちの1石、「仁」と呼ばれている石は真鶴から運んだ海の石だそうだが、朝倉が彫刻家の目で選び据えたに違いない。普通の庭師ではまず選ばない形体と表情の特別な石である。水に濡れた姿が特に魅力的で、私はこの石を「女体」と見立てる事にした。寝室から座って見える姿が妙に色っぽいのである。そして対角にある「義」の石は「男体」と見立てた。居間から見る山形のどっしりとした石は風格があり左上から右下へ流れる節理は凄味まで感じられる。これも普通の庭師では使いこなせない切り傷のある物語性豊かな石と言える。

この2つの石の間に中島があり、樹木が茂り左右の石が見え隠れし、2石いや2人の邪魔をしている。そして護岸に使った「智」と呼ばれる横になった石はしわの多い、誠にややこしそうな風情の石で前の2石とは全く表情が異なる。この石があたかも左右の男女の仲を邪魔している様に見えてしまう。
歌舞伎の世話物の演目「お富与三郎」の演芸空間の一コマと見るのは想像が広がりすぎだろうか。

この中庭の全ては朝倉文夫がアイディアを出して作ったものであろうが、作業した庭師の腕は確かで、石の据え方、飛石の打ち方、橋添石の設置等、古典の技術にも通じている。他の見所である玄関までのアプローチ空間にも庭師の技が顕著に表されている。作庭された昭和10年代の東京下町において、腕自慢の庭師が活躍していた証となる庭園の良い事例といえよう。

■見所はまだまだある

住宅側の玄関アプローチも素晴らしい。門から玄関までの露地は幅広くゆったりとした敷石で、ゆるく曲線を描いている。建物本体とわずかに角度をずらした玄関には、素晴らしい品質の沓脱石が2石使われている。敷石は大振りな平石をリズム良く設け、間の目地に小石を配し、上品なバランスを保っている。また脇の流れは大人しく表現しているが、中庭の水面に出会うための大事なシークエンスとして配されていると思える。

全体的に使われている材料が素晴らしく、今日では手に入らない石材をふんだんに使っている。昭和初期においては材料がまだまだ豊富であり、庭園愛好家が全国から銘石を集めて庭園を作った当時の夢物語を見させていただいた。

そしてもうひとつ話しておきたいのが、屋上庭園である。ここには驚く様な大きさのオリーブが薄い土壌の上で立派に生育している。昭和30年頃に植えられたらしいが、かなり小さな木から育てたのであろうが風格満点の姿である。屋上には菜園等もあり新進の気風を持った朝倉文夫の自慢すべき空間だったのであろう。

■エピローグ

この朝倉彫塑館のランドスケープは、造園の専門家でない朝倉氏の豊かな発想力で作られたものである。コンセプトをしっかりと持ったディレクター(朝倉文夫)が庭師を通じてその想いを投影した結果、この様に深く多様な表現の庭園が出来たものと思う。この様に想像力を刺激してくれる作品は希少価値だが、まだまだ全国に存在していると思うので、是非探訪の旅を重ねたいと願っている。

※館内が撮影禁止であった為、画像を掲載できないことをご了承下さい。

戸田芳樹

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