[本文はここから]

東福寺庭園を訪ねた

2012.11.30

作庭家の聖地とも云える東福寺へ。重森三玲の作品に接するのも久しぶりだ。11月29日、日本造園修景協会のシンポジウムに参加し、講演した翌朝に東福寺を訪れた。

秋の東福寺は通天橋の紅葉で大勢の人達でにぎわっていた。その雑踏を避け、まずは東福寺の本坊へ。目に飛び込んできたのは強烈な石組み群。まずは側面から迫力のある構図を見下し、正面からじっくりと座って観賞することにした。昭和13年に作られた庭園は方丈四方に南庭は巨石の四神仙島と築山五山、西庭はサツキと砂の井田市松、北庭はコケと敷石の市松模様、東庭は礎石利用の北斗七星で構成されている。

南庭には、一種異様な空気を感じるのは一度も出会ったことのない様な風景が目前にあるからだろうか。奇石とも言える立石と伏せられた横石、そして小振りな石が計算し尽くされダイナミックに組まれている。石組みをよく見ると、幾筋もの軸で構成していることがわかる。バランスを崩すギリギリの石組みと効果的な小石の使い方により、勢いのある表現がなされている。

造形が破綻しかけても壊れないのは、古庭園に見られるバランスと軸組みの手法がベースにあるからであろう。伝統に根ざし、そしてその伝統を乗り越えた芸術である庭園が私達を刺激し、三玲の大きなオーラが体全体を包んでくれる。

厳しい石組みに対し右にあるコケ山の五山は優しい表現である。以前、気付かなかったがシンプルな築山の背後にある普門院の廟所の遠景が庭園を引き立てていることが理解できた。平坦部は斜めの直線を設け築山と白砂を分けている。そしてこのラインが直線を多用した西部の井田市松のデザインを生み出し、庭同士の関連性を増している。

三玲は、このグラフィック的な手法を後の友琳会館で展開しているが、不思議なことに他の庭園ではあまり見られない。なぜだろうか。三玲の初期の庭園がおもしろいのは、人工的なデザインや石組み等の有機的なデザインが「地」といえる白砂や樹木に対比して強い主張をしているからである。

北部の庭は有名な市松模様。南から西へ、そして北に続く各庭のシークエンスを考え、庭園左部は石板が多めの市松で、右に行くに従い少なくし、コケだけにしているグラデーションのデザインもグラフィック的である。この背後にあるやわらかなモミジとそれに続く通天橋の空間は北庭の人工的なデザインをくっきりと浮かばせる役割を充分果たしている。東部の庭は、円柱の石材を再利用した北斗七星をかたどったモダンな石の配置である。

見どころが豊富な方坊の4つの庭であるが、以前見た時と少し違う印象を持った。若い頃、この南庭は威圧感があり恐ろしい緊張感が身に迫ってきた記憶がある。しかし、今回はなぜか自分の世界と繋がっており、作者の物語が心に響いて来る気配があった。

また、今まで4つの庭園をバラバラに見ていたが、時計回りに一周すれば、そのシークエンスの巧みさと各庭のおもしろさが関連づけて理解できる新しい発見があった。自分の年齢、技量により今まで見えなかったものや空間が捉えられる喜びは言葉にしがたい喜びだ。次回、東福寺本坊を訪ねた時には、どの様な発見があるのか・・・・・・。

だから日本庭園はやめられない。

戸田 芳樹

[ここからはカテゴリ内ナビゲーション]

NEWS

  • 株式会社 戸田芳樹風景計画
  • 〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-1ミユキビル3F  Telephone:03-3320-8601 / Facsimile:03-3320-8610
  • COPYRIGHT © Yoshiki Toda Landscape & Architect Co.,Ltd. All Rights Reserved.