[本文はここから]

建築家・菊竹清訓氏追悼の集い 偲ぶ会に参列いたしました

2012.04.12

昨年の12月26日に菊竹清訓先生が逝去されました。

森美術館において「メタボリズムの未来都市展」が開催されている時期でした。先生は9月18日の「メタボリストが語るメタボリズム」に栄久庵憲司氏、槙文彦氏らと共にパネラーとして参加していました。そのときのお元気な姿はビデオで会場に流されていましたが、突然の逝去に誰もが驚きの気持ちが隠せないようでした。あまりに早いお別れに心を痛めましたが、少し時間が経った、この「追悼の集い」と「偲ぶ会」ではご遺族の先生に対する深い想いと、未来への足取りを語られた安らかな言葉が大変印象に残りました。

私は「2005年愛・地球博」において、ランドスケープディレクターとして、先生と一緒に仕事をいたしました。先生は私が設計した「修善寺 虹の郷」の自然の扱いを評価してくださり、ディレクターに推薦して頂きました。4年間の悪戦苦闘の連続でしたが、先生が発想した「グローバルループやグローバルコモン」を現地の地形に上手く融合できたのが大きな成果と思っております。自然と都市をどのような形で共生させるか、ひとつのモデルを作れたのではないかと自負もしております。

会は元所員の方々が協力して進められ、「追悼の集い」は内藤廣氏が司会を受け持ち、早稲田大学の大隈講堂で行なわれました。発起人代表の川添登氏、仙田満氏と弔辞が進み、伊東豊雄氏の素晴らしい弔辞には会場から思わず拍手が出たほどです。

会場を移した「偲ぶ会」では、万博仲間の原田鎮郎、田中一雄、澤田裕二、マリ・クリスティーヌの各氏とお会いし、久しぶりに話が弾みました。また、豊田章一郎さんのお元気な姿も拝見でき、万博当時の事を思い起こしました。

建築会の大御所による素晴らしいスピーチが続きましたが、槙文彦氏のメタボリストを野球のチームに喩えた話は秀逸で奥深いものでした。もちろんエースピッチャーでマウンドに聳え立つ雄姿は菊竹先生でありました。

綺羅星のような事務所の卒業生達のスピーチや歓談を先生はきっと空から見て幸せに感じているのだろうなあと、ひそかな想いに浸りました。

菊竹先生を尊敬し、大事にしている人々と一緒に至福の時間が過ごせたことに感謝いたします。菊竹先生の御冥福を心よりお祈りいたします。

戸田 芳樹

[ここからはカテゴリ内ナビゲーション]

NEWS

  • 株式会社 戸田芳樹風景計画
  • 〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-1ミユキビル3F  Telephone:03-3320-8601 / Facsimile:03-3320-8610
  • COPYRIGHT © Yoshiki Toda Landscape & Architect Co.,Ltd. All Rights Reserved.