[本文はここから]

オフィス空間のランドスケープ −5/9

2011.04.18

□造園家からランドスケープアーキテクトという職能へ

上記の作庭家とはふたまわり違う世代である小林忠夫(1947~1998年)について是非語っておきたい。
小林は竹中工務店の設計部で活動し、数多くの作品を残したが若くして亡くなった。小林の作品は造形の主張はもちろん強いものがあったが、場を作り上げ、そこの空気感を人々に伝える力を持った作家であった。
ゼネコンという技術者、デザイナーの高度な集合体でもまれた経験とその立場を活かし、造園家として外構デザインからランドスケープデザインに進化していく過程を実践し、足早に過ぎ去った人物である。

ここで、小林の作品を紹介していきながらランドスケープデザインは何かと考えてみたい。
業務空間としての代表作は、三井倉庫箱崎ビル(1989年)、明治生命東陽ビル(1989年)、大手町ファーストスクエア(1998年)等があげられる。

小林は、箱崎ビルのランドスケープにおいて「日本の心」をコンセプトとし、回遊式庭園のような空間構成で都市庭園を試みたいと述べている。
石畳と砂利と水面の広がりにモミジの木立が絶妙なバランスで配植されている水辺は直線のデザインでありながら、なぜか仙洞御所を思いおこさせる柔らかさが感じられる。
まさに「環境そのものが芸術である」という彼の信念、全体と部分が相互に関わり合い、語り掛けている生き生きとした空間が広がっている。
彼の作品は敷地をデザインで埋めていく外構から、物語性のある芸術空間に移行させていくランドスケープデザインの本質的な意図を、具体的な作品を通して伝えている。

大手町ファーストスクエアでの小林は、全く別の面を見せている。
都市に欠けている自然要素を記号的に表現する事で、都市環境において新たな現象を見いだそうとしたコンセプトであった。
デザインの要素は全て最小の表現とし、その繰り返しの中で新しい都市のガーデン体験をいざなおうとした空間である。
植物の素材そのものの豊かさよりも、人が手を入れて補強した植物を景観素材として使い、空間を再構築したユニークさを持っている。

小林が先人と違うのはランドスケープアーキテクトとしてランドスケープのスペースを自らが生み出した事、自らの持つデザインや材料を使い回す事なく、その時にその場所でしかできないぎりぎりの自己表現をした事である。
彼はゼネコンという巨大な組織の中で戦略的に動き、設計事務所では困難な企画、設計、設計監理、運営管理という一連の流れの中で、ランドスケープの位置取りをし、自己実現を図った。
私達は、小林忠夫の業績を作品だけではなく存在を含めて、もっと評価すべきであろう。


戸田 芳樹

[ここからはカテゴリ内ナビゲーション]

NEWS

  • 株式会社 戸田芳樹風景計画
  • 〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-1ミユキビル3F  Telephone:03-3320-8601 / Facsimile:03-3320-8610
  • COPYRIGHT © Yoshiki Toda Landscape & Architect Co.,Ltd. All Rights Reserved.