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オフィス空間のランドスケープ −4/9

2011.04.14

□新宿西口におけるふたつの空間

1970年代は新宿西口の再開発が盛んに行われていたが、業務空間と商業空間の融合が図られ始めた時期でもあった。

この中から同じ年に隣り合って竣工したふたつの対象的な事例、新宿三井ビル(1974年、第2回吉田五十八賞受賞)と住友三角ビル(1974年)を比較してみよう。
建築家、造園家等、作り手達のランドスケープに対する心構えによって、空間に大きな差が生じてしまう事実を述べていきたい。

三井ビルのランドスケープは陶芸家として著名な會田雄亮(1931年~)の作品である。
會田は千葉大学都市計画学科の出身でありながら陶芸家として環境造形の分野のみならず、教育界においても多大な功績を残している人物である。
三井ビルの広場は建築の3つのフロアーを隣接する道路と関係性を持ちながら、立体的に構成した機能的で美しい空間である。
會田の得意とする煉瓦調の焼き物を基調とした落ち着いた空間は、都市の中にありながらほっとする場である。完成後30年以上の年月を重ねたが、ケヤキの大木も健在で、自由に使える広場は品の良いヒューマンスケールの空間として、多くの人々に利用されている。
ランドスケープアーキテクトとしても活動した會田の手による空間は氏の志しの高さ故に永遠に色あせない物語を私達に継続して与えてくれる。

一方、住友三角ビルは最大手の建築設計事務所、日建設計の作品である。当時の建築設計事務所にはランドスケープデザインの発想による業務空間作りは未だなかったのであろう。
完成した空間は全面舗装の固い広場で、建物は敷地の中央に構え、三方が正面の彫刻の様な建築である。
夏は照り返しで大変暑く、冬は北風にビル風が加わる過酷な環境となり、オープン当時に入っていた美容院がすぐにつぶれたという笑えない話しがある。
とても人々が集い憩える空間としては機能していない。

隣接する都庁においても、住友三角ビルと同じ様な問題を抱えている。
議会棟前はヨーロッパで見られる様な広場がしつらえているが、イベントがない限り人が寄りつかない、非人間的な冷たい空間となっている。魅力的な店舗、レストラン、人が集まる教会等がなく、樹木もない広場では人が集い、楽しく過ごせる状況は望むべくもない。
いかに広くて美しいスペースがあっても利用者を集める仕掛けがなく、ヒューマンなスケール感がなければ人々は利用してくれない事例の代表的なものである。

この様に、新宿西口のエリアは日本が元気で新しい事に挑戦していた1970~80年代に開発され、建築家も造園家も試行錯誤の連続を強いられていた。
しかし、これらの事例の中でも、ランドスケープデザインをきっちりと示した空間は現在でも普遍的な価値があり永遠に色があせていない。
人々のコミュニケーションと自然の力を味方にした計画が持つ価値に対して私達はもう一度光を当てるべきである。

戸田 芳樹

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