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オフィス空間のランドスケープ −2/9

2011.04.07

□作家の作品としてのランドスケープ

日本のランドスケープデザインは伝統的な日本庭園として長い歴史と輝かしい成果を持ち、近代以降もその伝統をベースに建築家達と手をたずさえ、様々な作品を世に出して来た。
しかし、都市空間、特に業務空間においてランドスケープをデザインとして意識して作り始めたのは比較的最近の1970年代からであろう。
ランドスケープの領域のひとつに建築外構というジャンルが現在もあり、敷地内における建築物以外の隙間をデザインし、いかに建物を見栄え良く見せるかを目標としたものであった。

1970年代、外構空間において造園作家として困難な現状に打ち勝ち、業務空間の造園作品を世に出し続けた先達の存在を紹介してみたい。
まず深谷光軌(1926~1997年)、荒木芳邦(1921~1997年)の名前を上げたい。
ふたりは日本の高度成長時代に建設された、超高層建築等の外構をとびきり上質な感覚で作り続けた先輩である。
秀でた作品を作り、多くの弟子を育てた高い業績を持つ造園作家であったが、残念なことに作品集や自説を記した本はわずかしかない。作家の全貌に触れることは困難であるが、少ない資料や空間から受けるインスピレーションで彼らの作品を語ってみたい。



□深谷光軌の作品

深谷光軌は性格の厳しさから「孤高の人」と称され、造園の世界とは一線を画す為、自分のフィールドを「外空間」と名付けて活動した造園家である。
名作、京王プラザホテル雑木林プロムナード(1977年)は新宿西口超高層ビル群の一角に設けられた都会のオアシスである。
ヒューマンスケールを無視した固い都市空間が連続する中で、単なる造園緑地ではなく、東京の自然のシンボルである武蔵野の雑木林を都市型にしつらえた空間を深谷は生み出した。

高低差のある建築計画を逆手にとり園路、広場、斜面の素材を白河石等の地味で柔らかい質感で上手く扱い、シームレスに連続させた独自の空間を作り上げた。
人工建造物では作れない雑木林の豊かさと、石材の持つ都市的な質感を重ね合わせ、機能的にも優れた空間は現在も多くの人にさわやかな印象を与えている。
深谷の石材の扱い方は、表面の仕上げ、大きさ、高さを微妙に変化させ、光の当たり方、樹影の変化、足元の感覚をコントロールして、小さなスペースでも多様な景観を作る事に特徴があった。
彫刻家、流政之が多用した「磨きと割れ肌」を微妙に使い分けて、日本美を表現した繊細な手法と相通じる所が見られる。

一方、一ツ橋ビル(旧東京銀行栗田ビル)は、深谷の彫刻家としての素養が見られる作品である。
京王プラザでは空間としての質の高さを感じるのに対して、ここでは造形的な面白さを表現している事が分かる。敷地に納められた作品としての存在は強く、作者の顔が色濃く出た作品として価値は高い。
一方、トータルなランドスケープとしての場の意味、都市への貢献や働きかけが見えて来ない物足りなさを感じるのも事実である。

現在、第一線で活躍するランドスケープアーキテクトにも深谷の影響はいたる所に見られる。
深谷の作品には、モダンなデザインを扱いながら作家としての意気込みや日本の美に対するまなざしが深部に横たわっており、それが今の世代の人々を刺激しているのであろう。

戸田 芳樹

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