[本文はここから]

尾道の爽籟軒庭園を見る

2011.07.09

また、親戚の結婚式で尾道に帰郷した。

せっかくだからと、今回は尾道市内にある「爽籟軒」を再訪した。
この庭園には「明喜庵」という、利休が作った国宝「妙喜庵 待庵」の写しがある事で知る人ぞ知る存在である。
尾道には西日本屈指の名刹浄土寺に秀吉の愛した現存最古の「燕庵」の写しもあり、日本三大茶室の写しが二つまである茶室の集積地だ。

「写し」とは本来歌道に使った言葉であったが、後に茶室、茶庭そして茶道具にも広く使う言葉として定着した。
初めに作られたものを本歌と言い、それをコピーしたものを「写し」と呼ぶが、火災等で失われた場合その中で一番古いものが次の本歌となる。写しといえども大変重要な役割を与えられている。

尾道は江戸時代初期から商人が港を中心とした活発な経済活動を重ね、豪商といわれる大商人が生まれてきた。
この代表的な人物、橋本吉兵衛が作った庭園が「爽籟軒」である。
この橋本家は現在の広島銀行の母体である第六十六国立銀行の創立者で尾道の発展に大いに寄与した人物である。

さて、庭園を見てみよう。
茶室へのアプローチは山側と海側からあり、山と海が近い尾道らしい地勢をベースとした発想で作られている。
山側からのアプローチは待合を入り口近くに設け、庭園の奥行きを感じる視点場を作っている。
園路に沿った修景は地元の自然石を用いた連山の趣、山の風景の厳しさを表現し、飛び石、燈籠、蹲で人の温もりを感じさせる豊かなシークエンスを構成している。

海側からは現在入れないが真の敷石を設けており、正客を迎える格式の高い空間に設えている。
その横手に少し小高い場所が作られており、この丘に立って遠来の客を送り迎えしたのではないかと想像できる。
その階段の左横に三つに割った大石が据えられている。これは大きすぎて三つに分割して運んだものか、大きさを誇張するためにわざとしたのか、解釈はいろいろとあるが、岡山の後楽園にも見られる手法である。

この庭園が海辺に位置している特徴を最大に表現しているのが、中央付近に設けている「潮入り」の手法である。
これは潮の満ち引きで水位を変化させて楽しんだ先人の知恵だ。
右の立石に隠れるように燈籠があり、水面を照らした月の表現をしているらしい。そして立石はわざと真ん中で割っており、見方によっては陰石のような表現といえる。

写真には写ってないが左手築山には陽石が置かれ、陰陽を対で配置しで吉祥を表わしているとしたら、大変奥深い表現である。

「明喜庵」のにじり口周辺は定番どおりの構成だが、密度の高い造形となっている。
ここで庭石として使われている種類とは違う石を発見。
黒っぽくて、つるりとして、亀のような石だが、貴人口にあるものはとてもインパクトが強い。
物語りとして、客人が縁起物の亀にまたがって尾道水道から招かれたのだと考えれば、ロマンチックな解釈といえるであろう。
本当に庭園には様々な宝物が埋もれていて、見える人にとっては計り知れない楽しみが詰まっている空間である。

このように要素の多い庭園であるが、残念ながら測量図がない。
もしもの災害を予測して早い時期に庭園調査を是非してみたいものである。

戸田 芳樹

[ここからはカテゴリ内ナビゲーション]

NEWS

  • 株式会社 戸田芳樹風景計画
  • 〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-1ミユキビル3F  Telephone:03-3320-8601 / Facsimile:03-3320-8610
  • COPYRIGHT © Yoshiki Toda Landscape & Architect Co.,Ltd. All Rights Reserved.