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小田原の近代庭園を見る 1/2

2011.05.29

5月29日、台風が接近する雨の中、小田原近辺の近代庭園を日本ランドスケープフォーラムの企画「日本庭園を見る会」で見学した。
明治40年に建てられた山縣有朋の別荘「古稀庵」。
大正初期に建てられた黒田侯爵家の「清閑亭」。
昭和21年に建てられた松永耳庵の「老欅荘」。
各々の庭園は作品性が高い上、見所が多く、天候の良い日にもう一度じっくりと見てみたいと思うほどであった。

見学会の講師の一人である阿部勉氏は、神奈川県の邸園文化圏構想(建物の邸と庭園を合わせた言葉)の企画、運営等の担当者として活動している。
横浜市から、茅ヶ崎市、葉山町、小田原市にいたる湘南地域は近代建築と庭園の宝庫で、歴史的文化財として保全、管理すると共に市民に公開、活用する試みに取り組んでいる。

もう一人の講師髙﨑康隆氏は作庭家であると共に、古庭園の復元に携わり多くの整備をしている。
参加者には名古屋から野村勘治氏、千葉から三橋一夫氏等の顔が見られ、庭園を前にした蘊蓄の競演が期待された。

まず、「古稀庵」から見てみたい。
小田原市板橋の南斜面地に立地。総面積11,630㎡で4,600㎡の庭園敷地はかつて伊藤忠太、ジョサイア・コンドル設計の建物と庭園があった。
現在は保険会社の研修所となっており、日曜日だけ庭園が一般に公開されている。
山縣有朋といえば、京都の「無鄰菴」、目白の「椿山荘」を築造した無類の庭園好きと知られており、江戸時代の「回遊式庭園」を受け、植治と共に「自然主義的庭園」を産み出し、新しい近代的庭園スタイルを確立した大立者である。

この庭園も、約15mの高低に上・中・下段の庭園(現在下段の一部は失われている)で構成されており、高低差を巧みに利用した滝や流れ、水面を配し、多様な景観を演出している。
入口の門は山縣有朋自筆の「古稀庵」の額が掲げられて壮重な雰囲気をかもし出している。園内は大木が茂り、水面の部分はぽっかり空けており、明暗のコントラストをきかせた作りである。
植栽のデザインは100年程前の、当時の面影が残り、樹勢をコントロールして意図的に作り上げた景観が私達を山縣の世界に引き込んでくれる。

上部には豪快に見せる滝があり、中程には音を響かせる滝を効果的に設置している。
規模の小さい中、細かな点まで心配りしており、野村氏の見立てでは山縣有朋が植治の世界を理解した上で、さらなる自分の境地に入り作り上げた、まさに最後の作品に相応しい庭園という事である。

この庭園はもう一度じっくり見る必要がある。

戸田芳樹

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