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都市公園コンクール国土交通大臣賞を受賞しました

2010.10.29

昨年(平成21年)の10月、横浜市金沢区の野島公園に伊藤博文公の金沢別邸が復元された。
平成18年に横浜市指定有形文化財に指定され、横浜市環境創造局は、本格的な公開へ向けて、平成19年から老朽化した建物を調査・解体し、(株)建文さんの設計・監理により往時の姿を取り戻したのである。
私達は別邸の周囲の庭の設計を担当した。

最初に現地調査に入った時、既に建物は解体された後で、敷地内はタブノキの巨樹、エノキやクロマツが茂る薄暗い印象であった。
母屋を失った敷地は物寂しく、かつて東京近郊の海浜別荘地であった面影を感じる事は出来なかった。
金沢別邸の現役時代を知る貴重な資料は数枚の写真である。そこにはもう少し明るいクロマツの芝庭が写っている。
地形を作り直し、芝を張り替え、繁る枝葉を剪定した姿を想像し、私達は設計作業に取りかかった。
古図面から灯籠や玉垣の製作図を起こし、写真から四つ目垣などの配置を決め、資料のない箇所は学識の先生方のアドバイスを頂き、どうにか形が見えてきたのが平成20年の早春だった。

金沢別邸の復元工事は幾度か公開され、茅葺きの見学や地元の小学生による土壁塗り体験なども催された。
地域の方々の関心は高く、私も現場に訪れた際には、「もうすぐ完成ですか?」「はやく見たいです」などと声を掛けられたこともある。
昨年10月のオープニングには大勢の人が集まり、薄暗く物寂しかった旧別邸は、野島の人々や開園を心待ちにしていた人の笑顔で溢れた。


伊藤博文公は言わずもがな、初代内閣総理大臣。
今社会の一線で活動している人なら、先々代の千円札の肖像で、ひげを蓄えた眼光鋭い長州の大人物を思い浮かべる事が出来るだろう。
政治に対する志学心が強く、幕末には英国留学を行っている。
明治維新の後、数々の要職を経験した博文公は明治18年内閣総理大臣に就任した。
語学が堪能である事もあり、外交面でも手腕を振るい、初代韓国統監府統監の職にも就いている。

金沢別邸が建てられたのは明治31年。大日本帝国憲法発布後、新政党立ち上げなど、政治が大きく動いた時期の事である。
実際に博文公が金沢別邸でどのように過ごしていたのかは想像に頼るしかないが、クロマツと芝生だけのシンプルな庭は、激しく動く彼の心を和ませ、その先に広がる金沢の海原は、きっと彼に力を与えていたのだろう。
現地に初めて調査に入った時の物寂しさは、本当は穏やかな静寂であったのかと今になって感じるのである。


平成22年10月29日、第26回都市公園コンクールで、本件は国土交通大臣賞を頂く事が出来ました。
101年前、清国のハルピンで暗殺された、博文公の葬儀が行われた日比谷公園で、授賞式が行われことには不思議な縁を感じています。
韓国統監府統監の立場にありながら、韓国併合には賛成の立場をとらなかった博文公が、皮肉な事にも韓国の民族運動家に命を奪われた事は残念な事ですが、博文公の足跡を後世に継ぐ事業に関われた事に感謝しています。

大橋幸雄

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